2013年 05月 29日
闘い(その1) |
・・・・・・・・★1・・・・・・・・
新宿区大久保の薄汚れた雑居ビルの4階。きしんだ音を立てて上下するエレベーター。リノリュームの廊下が雑な掃除でまだところどころ濡れている。薄汚れたドアの上に「ヒミコ・インタ-ナショナル・ツーリスト・インステチュート」と新しいプラスチックのプレートが掲げられている。表向きは男性客中心の東南アジア観光ツアーを取り扱う旅行会社。実態は風俗産業を全国展開する興亜観光株式会社の外国人ホステス送り出し受け入れ部門。
商品管理のずさんさで長谷川が黒澤に詰め寄る。
「黒澤さん、失踪していたジェシカが見つかったそうです。田村達が必死で探した結果、なんとまあ、あなたの息のかかった小沼の部屋で、二人でシャブをやっているところを保護しました。警察につかまる前で幸運でした。ジェシカは使い物にならない状態です。即刻、フィリピンに帰します。小沼は隙を見て逃走しました」
「ほう、そうかい」
「商品管理不行き届きということで、会社から解雇通知が出ています。短い期間に3人も失踪し、会社はカンカンです。それだけではなく、再三の注意にもかかわらず、会社とは関係のないところで妙な動きをして会社に損失を与えたという点も考慮に入れているそうです」
「タレこんだのは、てめえだろ」
「何か心当たりあるんですね。じゃあ、解雇も仕方ないですね」
「てめえ!」
「もうあなたはここの社員じゃありません。ロッカーと机の鍵を返してください。返してくださらないなら、鍵をこじ開けて中のもの、全部、処分します。明日から、出社しないでください」
「ポーリンとエルマはまだ見つかっていません。が、ポーリンは殺されているなんてうわさが出ていますよ。最後にポーリンと接触したのはあなたでしたよね。何か、隠していませんか? 社長もその筋の方々にそろそろ手を伸ばして情報を集めている筈です。もうおとなしく引き下がってはいかがですか?」
「てめえ、そこまで、俺をこけにすんか。覚悟はできているんだな」
黒澤の手に愛用のアーミー・ナイフが光る。
「黒澤、もう、お前の好きにはさせないぜ。刺すなら刺せよ」
長谷川は情況を的確に読む男。情況有利と見て反撃に出る。
「おう、刺してやろうじゃないか。粋がりやがって」
事務員、タレント、数人が成り行きを見守っている。ここで、刺すのは、自殺行為と悟ったようだ。
「まあ、今日のところは勘弁してやる。いつも命が狙われていると思えよ。せいぜい気をつけな」
捨て台詞と共に、事務所の扉を、足で蹴飛ばし出ていこうとした。
「待てよ、黒澤。会社は温情がある。こうも言っている。もし、私の下で働くなら、しばらく謹慎の意味も込めて、様子を見るそうだ」
「ふざけるな。会社は知りすぎている俺を飼い殺しにしようという算段じゃねえか」
「どうする? 会社の上に何と伝えようか。俺としては、どっちでもいい。経験豊富な黒沢君が手足となって動いてくれると、おおいに助かる面もあるしね」
もう、部下扱いだ。
「てめえ、心にもないこと、言うんじゃねえ」
「ただ、あくまでも、私の下で働くのであって、逆らうようなことがあれば何時でも首にしていいと、会社から言質は取ってある。2、3日、よ~く考えて返事しろ」
「てめえ!」
黒澤は、怒りで真っ赤に引きつった顔をして部屋から出ていった。
長谷川は度胸の据わった男ではない。額に脂汗。足の膝が小刻みに震えている。
「もう、あの男は、出社してきても私の部下だ。あの男の言うことは何も聞く必要はない。おかしな動きをしたら、何でも私に報告しなさい」
事務員に、居丈高に命令し、黒澤の座っていた椅子に満足げに腰をおろした。今までの肘掛のない事務椅子に比べると、ゆったりしている。机も広くなった。俺は黒澤とは違う。この机と椅子に見合った働きをするだけさ。
黒澤は、ステファニーにほれ込んだIT関連会社の社長、平田の意向を受けて動いていた。平田はフィリピンクラブ「ブーゲンビリア」一番の得意客。仲を取り持ち、いくばくかの小遣いをせしめようと思っていた。最近は長谷川の監視の目が厳しく、自由に金もちょろまかせない。当座の金にも困っていた。うまくいったら、起死回生の可能性もある。そのときは、長谷川をいたぶって、首にしてやる。
黒澤は、長谷川の目の届かぬ前に、即刻動いた。
会社近くの大久保の古いマンション。その4階の一室で、ステファニー達、5人のタレントが寝起きしている。まだタレントの管理者として部屋の鍵を持っていた。今日は、他の4人のタレントは、他店の応援に早くから駆り出されている。今、部屋にいるのはステファニーだけの筈。部屋の鍵を静かに回し、そっと部屋に忍び込むと、ステファニーが洗濯物を畳んでいた。音も立てずに入ってきた黒澤を見て、ステファニーはドキッとした。
「よう、ステファニー。元気かい?」
「ここは、女性だけの部屋です。入るときはドアベルを押してください」
「まあ、堅いことを言うなって。平田社長さんが君に首っ丈なんだってな。ずいぶんお金を使わせたそうやないか。このあたりで社長さんと仲良くするのもいいんじゃないかい。それを言いにちょっと立ち寄っただけよ」
「そんな気はありません。出ていってください。迷惑です」
「ふざけんな。優しく言えば、つけあがりやがって」
愛用のアーミーナイフで口を拭い、凄みを利かせる。
「お前、金のない大学院生の男にただでやらせているそうじゃないか。社長に2、3回やらせたって減るもんじゃないだろ。社長さんにずいぶん貢がせたんだってな」
「私、断っているのに、勝手に贈ってくるんです」
「そろそろ、身体でお返ししてやんなよ」
「私、お金で身体を売る気はありません」
「かっこつけるんじゃない! お前、日本に身体で出稼ぎにきたホステスやないかい。金のないフィリピンの土人の娘だろ」
危険を察知して部屋から出て行こうとするステファニーの手首をつかんで荒々しく引き戻す。
「お前、俺の言うことが聞けないっつうのか。焼きを入れてほしいんか」
「警察を呼びます」
「馬鹿野郎! 俺がそんな言葉でビビると思ってんのか」
ステファニーの頬に、激しい平手打ち。右から一発、左から返し。さらに、右から強烈な一発。ステファニー、床に崩れ落ちる。黒澤、ステファニーの髪をつかんで、部屋の中を引きずりまわす。ステファニーは錯乱の中で考えた。このままでは、背中を、お腹を、蹴られ、滅多打ちにされるわ。
妊娠4ヶ月。お腹には雅也の子が順調に育っている。私は好い。でも、お腹の子だけは守らなければならない。これ以上、暴力を振るわれるのを避けねばならない。
「黒澤さん、もうぶたないで! お願い! おとなしくします」
黒澤の眼がギラリと光る。暴力を行使したことで気分が高ぶっている。
「言うことを聞きゃあ、殴らんさ! じゃあ、まず服を脱げ!」
ステファニーは素直にジャケットと長袖シャツを脱ぎ、スカートを下ろし、ブラジャーを取る。まず黒澤を怒らせないことが第一。両手で乳房を押さえ、うずくまった。レイプされるのを覚悟する。
「もう1枚、脱げ。パンティーもだ」
片足ずつパンティーから震える足を抜く。恐ろしさで恥ずかしさは感じない。
そのとき、部屋の戸口で、音がした。ジャネットが蒼白な顔でこちらを見ている。あわててハイヒールを持ち、ドアの外に裸足で飛び出ていった。頭が痛いと言って、奥の2段ベッドの下で寝ていたのを思い出した。
黒澤も一瞬ひるんだようだった。が、気持ちを立て直すようにステファニーの顔面を殴りつけた。
「立て! ポーズを取れ!」
ポーズなんか取れるわけがない。立ち上がり、乳房を押さえ震えていた。黒い茂みが黒澤に丸見え。
「いい身体をしているやないか。平田社長も惚れるわけだ」
黒澤はますます興奮。顔が崩れて笑っている。
「乳房から手を取れ。そこに座って股ぐらを開け!」
手を乳房から外し、お尻の横につく。金縛りにあったように股がなかなか開かない。
「もたもたするな!」
黒澤は、アーミーナイフを口に挟み、強引に膝をこじ開けた。
黒い茂みの中にぽっかり桜桃色の肉塊部が現れる。黒澤、恍惚とした表情で見とれる。唾をつけた指を入れる。こねまわす。舌をねじ込み舐め回す。ステファニーは眼を閉じてじっと耐えた。意に反して押し寄せてくる快感の波。
目を開けると、黒澤が顔を寄せ、亀裂を広げじっと見入っている。
「いい眺めだ。ピンクの内臓。ぐいぐい来るぜ。いい。いい。最高だ!」
黒澤の興奮は頂点にさしかかっている。涎がたれている。眼が異様に輝いている。視線の一点集中射撃。奇妙なことに、また走った。亀裂したその部分に痛みのような快感が。
ステファニーは恥じた。女って、情欲に抗せない、おぞましい生き物なの?
硬直した肉塊に突き刺されるのは時間の問題。が、そのとき、ステファニーの中にそれを期待しているもう一人の女がいた。
私の中にいやらしい女がいる。不潔な女がいる。私の中に何かが巣くったんだわ。学校や教会で繰り返し諭されてきた正義とか善とか愛とか美とかに背を向けた何かが。
なんだろう、私の中で起こったとんでもない変化。大人の女になったということなのかしら。
恐ろしい。ステファニーの頭を空白が支配する。
が、黒澤のその部分。少しも勃起していない。
「子供の頃の怪我の後遺症なんだ。俺、立たないんだ」
黒澤の顔が歪んだ。今にも泣出しきそうな表情。
「お前! 俺のをしゃぶれ!」
アーミーナイフを持ったまま、ダラリとしたものを垂らし目を閉じて、仁王立ちになっている。
何も考えない。言う通りにする。内から湧き出る黒い欲情。汚れることも快感。刺激を求める魔性の女。だらりとした肉塊を口に含む。頬の筋肉に力を入れる。すする。ゆるめる。すする。ゆるめる。たちまち口の中に広がる生温かい粘りのある液体。もう出たの?
黒澤はあわててステファニーの口からだらりとしたものを抜き取る。右手でしごき、掌に白い液体を集め、嬉嬉としてステファニーの顔面に塗りたくる。
強烈な匂いを放つ粘つく液体で顔が汚され、吐きそうになる。笑い出したくもなる。でも、倒錯的な快感。自分がわからなくなった。
ステファニーの汚れた顔を眺め、黒澤が恍惚としている。
なによ、この男。異常な性愛か。それとも、体内発射でエクスタシーを感じることのできない早漏男の代償的陶酔か。
ステファニーは冷静な自分を取り戻していた。恐ろしさも吹き飛んだ。気持ち悪くておかしくて。黒澤が気の毒な男に見えてくる。
「俺、股ぐら、洗ってくる。お前も後で顔を洗え」
黒澤の気持ちが沈まっている。さっきの狂気が消え失せている。
「お前、このこと誰にも言うなよ。俺も言わない。インポだなんて知られたくないからな」
「俺は女嫌いだ。立たない俺を大勢の女が馬鹿にしていった」
「ステファニー、お前は意外と優しい女なんだな。見直した」
「ポーリンも俺を馬鹿にしなかった。優しい女だった。だから、俺はポーリンを殺してない。皆がうわさしているだけだ」
性的悪戯ごっこを終えた男の子と女の子の持ち合う共犯的な秘密。
黒澤とステファニーはどこかそれにも似た感情を抱いて服を着て対面していた。
ステファニーは黒澤がもう怖くはなかった。黒い糸で繋がった友情。
心因性のEDなのか、器質性のEDなのか、わからない。が、黒沢も心に深い傷を負った、心の闇に振り回されている普通の人間なんだ。黒澤の怒り、憎しみ、妬み、粗暴の根源を見たような気がした。
暴力、狂気、虚勢でしか自己表現のできない屈折した男。
ステファニーには今まで見えなかったものが見えた気がした。自分が大きくなったように感じた。
表に見えるものだけが真実ではない。
その裏には学校でも教会でも教えられないどす黒い真実が蠢いていたりする。
それが見え始めたのかもしれない。
不道徳で不潔で貪欲な女が自分の中にいる。
今まで健康で明るい正直な女としてふるまってきた。そうなろうと努めてきた。
自分の中に全く違う女がいる。
そら恐ろしくなった。
殻を打ち破ったんだわ。男から自立した、新しい女の誕生よ。
幼虫から蛹になり、蛹から大空を飛び回る蝶に変身しかけている女がいる。
良い子の私は死んだのよ。
新宿区大久保の薄汚れた雑居ビルの4階。きしんだ音を立てて上下するエレベーター。リノリュームの廊下が雑な掃除でまだところどころ濡れている。薄汚れたドアの上に「ヒミコ・インタ-ナショナル・ツーリスト・インステチュート」と新しいプラスチックのプレートが掲げられている。表向きは男性客中心の東南アジア観光ツアーを取り扱う旅行会社。実態は風俗産業を全国展開する興亜観光株式会社の外国人ホステス送り出し受け入れ部門。
商品管理のずさんさで長谷川が黒澤に詰め寄る。
「黒澤さん、失踪していたジェシカが見つかったそうです。田村達が必死で探した結果、なんとまあ、あなたの息のかかった小沼の部屋で、二人でシャブをやっているところを保護しました。警察につかまる前で幸運でした。ジェシカは使い物にならない状態です。即刻、フィリピンに帰します。小沼は隙を見て逃走しました」
「ほう、そうかい」
「商品管理不行き届きということで、会社から解雇通知が出ています。短い期間に3人も失踪し、会社はカンカンです。それだけではなく、再三の注意にもかかわらず、会社とは関係のないところで妙な動きをして会社に損失を与えたという点も考慮に入れているそうです」
「タレこんだのは、てめえだろ」
「何か心当たりあるんですね。じゃあ、解雇も仕方ないですね」
「てめえ!」
「もうあなたはここの社員じゃありません。ロッカーと机の鍵を返してください。返してくださらないなら、鍵をこじ開けて中のもの、全部、処分します。明日から、出社しないでください」
「ポーリンとエルマはまだ見つかっていません。が、ポーリンは殺されているなんてうわさが出ていますよ。最後にポーリンと接触したのはあなたでしたよね。何か、隠していませんか? 社長もその筋の方々にそろそろ手を伸ばして情報を集めている筈です。もうおとなしく引き下がってはいかがですか?」
「てめえ、そこまで、俺をこけにすんか。覚悟はできているんだな」
黒澤の手に愛用のアーミー・ナイフが光る。
「黒澤、もう、お前の好きにはさせないぜ。刺すなら刺せよ」
長谷川は情況を的確に読む男。情況有利と見て反撃に出る。
「おう、刺してやろうじゃないか。粋がりやがって」
事務員、タレント、数人が成り行きを見守っている。ここで、刺すのは、自殺行為と悟ったようだ。
「まあ、今日のところは勘弁してやる。いつも命が狙われていると思えよ。せいぜい気をつけな」
捨て台詞と共に、事務所の扉を、足で蹴飛ばし出ていこうとした。
「待てよ、黒澤。会社は温情がある。こうも言っている。もし、私の下で働くなら、しばらく謹慎の意味も込めて、様子を見るそうだ」
「ふざけるな。会社は知りすぎている俺を飼い殺しにしようという算段じゃねえか」
「どうする? 会社の上に何と伝えようか。俺としては、どっちでもいい。経験豊富な黒沢君が手足となって動いてくれると、おおいに助かる面もあるしね」
もう、部下扱いだ。
「てめえ、心にもないこと、言うんじゃねえ」
「ただ、あくまでも、私の下で働くのであって、逆らうようなことがあれば何時でも首にしていいと、会社から言質は取ってある。2、3日、よ~く考えて返事しろ」
「てめえ!」
黒澤は、怒りで真っ赤に引きつった顔をして部屋から出ていった。
長谷川は度胸の据わった男ではない。額に脂汗。足の膝が小刻みに震えている。
「もう、あの男は、出社してきても私の部下だ。あの男の言うことは何も聞く必要はない。おかしな動きをしたら、何でも私に報告しなさい」
事務員に、居丈高に命令し、黒澤の座っていた椅子に満足げに腰をおろした。今までの肘掛のない事務椅子に比べると、ゆったりしている。机も広くなった。俺は黒澤とは違う。この机と椅子に見合った働きをするだけさ。
黒澤は、ステファニーにほれ込んだIT関連会社の社長、平田の意向を受けて動いていた。平田はフィリピンクラブ「ブーゲンビリア」一番の得意客。仲を取り持ち、いくばくかの小遣いをせしめようと思っていた。最近は長谷川の監視の目が厳しく、自由に金もちょろまかせない。当座の金にも困っていた。うまくいったら、起死回生の可能性もある。そのときは、長谷川をいたぶって、首にしてやる。
黒澤は、長谷川の目の届かぬ前に、即刻動いた。
会社近くの大久保の古いマンション。その4階の一室で、ステファニー達、5人のタレントが寝起きしている。まだタレントの管理者として部屋の鍵を持っていた。今日は、他の4人のタレントは、他店の応援に早くから駆り出されている。今、部屋にいるのはステファニーだけの筈。部屋の鍵を静かに回し、そっと部屋に忍び込むと、ステファニーが洗濯物を畳んでいた。音も立てずに入ってきた黒澤を見て、ステファニーはドキッとした。
「よう、ステファニー。元気かい?」
「ここは、女性だけの部屋です。入るときはドアベルを押してください」
「まあ、堅いことを言うなって。平田社長さんが君に首っ丈なんだってな。ずいぶんお金を使わせたそうやないか。このあたりで社長さんと仲良くするのもいいんじゃないかい。それを言いにちょっと立ち寄っただけよ」
「そんな気はありません。出ていってください。迷惑です」
「ふざけんな。優しく言えば、つけあがりやがって」
愛用のアーミーナイフで口を拭い、凄みを利かせる。
「お前、金のない大学院生の男にただでやらせているそうじゃないか。社長に2、3回やらせたって減るもんじゃないだろ。社長さんにずいぶん貢がせたんだってな」
「私、断っているのに、勝手に贈ってくるんです」
「そろそろ、身体でお返ししてやんなよ」
「私、お金で身体を売る気はありません」
「かっこつけるんじゃない! お前、日本に身体で出稼ぎにきたホステスやないかい。金のないフィリピンの土人の娘だろ」
危険を察知して部屋から出て行こうとするステファニーの手首をつかんで荒々しく引き戻す。
「お前、俺の言うことが聞けないっつうのか。焼きを入れてほしいんか」
「警察を呼びます」
「馬鹿野郎! 俺がそんな言葉でビビると思ってんのか」
ステファニーの頬に、激しい平手打ち。右から一発、左から返し。さらに、右から強烈な一発。ステファニー、床に崩れ落ちる。黒澤、ステファニーの髪をつかんで、部屋の中を引きずりまわす。ステファニーは錯乱の中で考えた。このままでは、背中を、お腹を、蹴られ、滅多打ちにされるわ。
妊娠4ヶ月。お腹には雅也の子が順調に育っている。私は好い。でも、お腹の子だけは守らなければならない。これ以上、暴力を振るわれるのを避けねばならない。
「黒澤さん、もうぶたないで! お願い! おとなしくします」
黒澤の眼がギラリと光る。暴力を行使したことで気分が高ぶっている。
「言うことを聞きゃあ、殴らんさ! じゃあ、まず服を脱げ!」
ステファニーは素直にジャケットと長袖シャツを脱ぎ、スカートを下ろし、ブラジャーを取る。まず黒澤を怒らせないことが第一。両手で乳房を押さえ、うずくまった。レイプされるのを覚悟する。
「もう1枚、脱げ。パンティーもだ」
片足ずつパンティーから震える足を抜く。恐ろしさで恥ずかしさは感じない。
そのとき、部屋の戸口で、音がした。ジャネットが蒼白な顔でこちらを見ている。あわててハイヒールを持ち、ドアの外に裸足で飛び出ていった。頭が痛いと言って、奥の2段ベッドの下で寝ていたのを思い出した。
黒澤も一瞬ひるんだようだった。が、気持ちを立て直すようにステファニーの顔面を殴りつけた。
「立て! ポーズを取れ!」
ポーズなんか取れるわけがない。立ち上がり、乳房を押さえ震えていた。黒い茂みが黒澤に丸見え。
「いい身体をしているやないか。平田社長も惚れるわけだ」
黒澤はますます興奮。顔が崩れて笑っている。
「乳房から手を取れ。そこに座って股ぐらを開け!」
手を乳房から外し、お尻の横につく。金縛りにあったように股がなかなか開かない。
「もたもたするな!」
黒澤は、アーミーナイフを口に挟み、強引に膝をこじ開けた。
黒い茂みの中にぽっかり桜桃色の肉塊部が現れる。黒澤、恍惚とした表情で見とれる。唾をつけた指を入れる。こねまわす。舌をねじ込み舐め回す。ステファニーは眼を閉じてじっと耐えた。意に反して押し寄せてくる快感の波。
目を開けると、黒澤が顔を寄せ、亀裂を広げじっと見入っている。
「いい眺めだ。ピンクの内臓。ぐいぐい来るぜ。いい。いい。最高だ!」
黒澤の興奮は頂点にさしかかっている。涎がたれている。眼が異様に輝いている。視線の一点集中射撃。奇妙なことに、また走った。亀裂したその部分に痛みのような快感が。
ステファニーは恥じた。女って、情欲に抗せない、おぞましい生き物なの?
硬直した肉塊に突き刺されるのは時間の問題。が、そのとき、ステファニーの中にそれを期待しているもう一人の女がいた。
私の中にいやらしい女がいる。不潔な女がいる。私の中に何かが巣くったんだわ。学校や教会で繰り返し諭されてきた正義とか善とか愛とか美とかに背を向けた何かが。
なんだろう、私の中で起こったとんでもない変化。大人の女になったということなのかしら。
恐ろしい。ステファニーの頭を空白が支配する。
が、黒澤のその部分。少しも勃起していない。
「子供の頃の怪我の後遺症なんだ。俺、立たないんだ」
黒澤の顔が歪んだ。今にも泣出しきそうな表情。
「お前! 俺のをしゃぶれ!」
アーミーナイフを持ったまま、ダラリとしたものを垂らし目を閉じて、仁王立ちになっている。
何も考えない。言う通りにする。内から湧き出る黒い欲情。汚れることも快感。刺激を求める魔性の女。だらりとした肉塊を口に含む。頬の筋肉に力を入れる。すする。ゆるめる。すする。ゆるめる。たちまち口の中に広がる生温かい粘りのある液体。もう出たの?
黒澤はあわててステファニーの口からだらりとしたものを抜き取る。右手でしごき、掌に白い液体を集め、嬉嬉としてステファニーの顔面に塗りたくる。
強烈な匂いを放つ粘つく液体で顔が汚され、吐きそうになる。笑い出したくもなる。でも、倒錯的な快感。自分がわからなくなった。
ステファニーの汚れた顔を眺め、黒澤が恍惚としている。
なによ、この男。異常な性愛か。それとも、体内発射でエクスタシーを感じることのできない早漏男の代償的陶酔か。
ステファニーは冷静な自分を取り戻していた。恐ろしさも吹き飛んだ。気持ち悪くておかしくて。黒澤が気の毒な男に見えてくる。
「俺、股ぐら、洗ってくる。お前も後で顔を洗え」
黒澤の気持ちが沈まっている。さっきの狂気が消え失せている。
「お前、このこと誰にも言うなよ。俺も言わない。インポだなんて知られたくないからな」
「俺は女嫌いだ。立たない俺を大勢の女が馬鹿にしていった」
「ステファニー、お前は意外と優しい女なんだな。見直した」
「ポーリンも俺を馬鹿にしなかった。優しい女だった。だから、俺はポーリンを殺してない。皆がうわさしているだけだ」
性的悪戯ごっこを終えた男の子と女の子の持ち合う共犯的な秘密。
黒澤とステファニーはどこかそれにも似た感情を抱いて服を着て対面していた。
ステファニーは黒澤がもう怖くはなかった。黒い糸で繋がった友情。
心因性のEDなのか、器質性のEDなのか、わからない。が、黒沢も心に深い傷を負った、心の闇に振り回されている普通の人間なんだ。黒澤の怒り、憎しみ、妬み、粗暴の根源を見たような気がした。
暴力、狂気、虚勢でしか自己表現のできない屈折した男。
ステファニーには今まで見えなかったものが見えた気がした。自分が大きくなったように感じた。
表に見えるものだけが真実ではない。
その裏には学校でも教会でも教えられないどす黒い真実が蠢いていたりする。
それが見え始めたのかもしれない。
不道徳で不潔で貪欲な女が自分の中にいる。
今まで健康で明るい正直な女としてふるまってきた。そうなろうと努めてきた。
自分の中に全く違う女がいる。
そら恐ろしくなった。
殻を打ち破ったんだわ。男から自立した、新しい女の誕生よ。
幼虫から蛹になり、蛹から大空を飛び回る蝶に変身しかけている女がいる。
良い子の私は死んだのよ。
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| 2013-05-29 08:16
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