2013年 05月 29日
闘い(その4) |
・・・・・・・・★4・・・・・・・・
ポーリンは縁側に座って、南の空の山の端をかすめて飛んでいく渡り鳥を眺めている。ぼんやり物思いに沈んでいる。
ポーリンには、フィリピンに娘が一人いる。別れたとき、康介の年齢だった。康介を見ていると、その子のことを思い出すらしい。
フィリピンに帰りたい。焼け付くように思いが襲ってくる。
パスポートがない。お金もない。航空券もない。
黒澤さんに相談するしかないわ。
シンジは、子供と同じ。純粋な心を持っているの。私を女王様のように扱ってくれるわ。あんまり大切にしてくれるので、かえってつらいの。
だって、私、そんなに価値のある女じゃないもの。
毎日、朝早くから働きにいき、日が暮れる頃、帰ってくるわ。屋根を作る仕事をしているそうよ。毎日陽にあたっているので、フィリピン人のように顔が黒いの。
高いところに上るんだ。高いところは気持ちが良いぞ。ポーリンも今度、一緒に上ろうなと言ってくれるの。
汗だらけの身体、埃まみれの顔で帰ってくるわ。車から降りるとすぐお風呂場に飛び込むの。
ダイニング・キッチンでビ-ルと簡単なおつまみを用意して待っているのが恒例。以前は、おばあちゃんの役目だったけれども、今は私の役目。
顔と身体を拭き終えたパンツ一枚のシンジ、まず、お尻、乳房、あそこの茂み、私の身体のすべてを愛おしげに触りまくるの。わずか10時間程度、離れていただけなのに。そして、私を強く強く抱きしめ、長い長いキスをするの。
その儀式が終わるまでは、おばあちゃんも康介も決して顔を出さないわ。
また、シンジは性欲が異常に強いの。シンジがしたくてたまらないときは、そのまま、一緒にシンジの部屋にいくわ。1時間くらいこもるのが普通よ。
私は十二分に満足して、身体がとろけそうになっている。
リビングでは、康介が待ちくたびた顔、おばあちゃんが呆れ顔。
それから、おばあちゃんの指示の下、夕食の支度を手伝うのは、正直しんどいのよ。
康介が、私のことをママと呼び出したの。うれしくて、切なくて、涙が出てきてしまう。康介と真二のことを考えると、このまま、ここに住んでいてもいいとも思ってしまう。
でも、フィリピンの家族、特に娘のアンジーのことを考えると、一刻も早く帰りたい。さぞかし心配しているだろう。
黒澤は、どうしようか思案していた。
ポーリンは康介に我が子を見、康介はポーリンに母親を感じているようだ。ポーリンの心の回復に康介は大きな役割を果たした。ポーリンと康介の心の結びつきは強い。
真二は、ポーリンの世話をしてやること自体が歓び。生きがいとなっている。
真二と康介のことだけを考えれば、ずっと、このまま、ポーリンに一緒に住んでもらいたい。
でも、ポーリンのビザはもう切れている。不法滞在が発覚すれば強制送還。
ポーリンはフィリピンの家族のことも心配しているようだ。時々、縁先で南の空を遠い目で見やっている。帰してやらなければなるまい。
田舎の近所の人達は、今のところ、ポーリンの所在に目をつぶってくれている。何時までもこの状態が続くとは思えない。好意はつまらないことで悪意に転化するものだ。
黒澤は悩んだ。
一番、合法的な解決策は、一度、ポーリンをフィリピンに帰し、それから、俺かシンジがポーリンと結婚して連れてくることだ。が、オーバーステイした女性が、再度日本に入国することは不可能に近いらしい。
いっそのこと、真二と康介をフィリピンに住まわせようか。母のことを考えるとそうもいくまい。
このまま、ポーリンが真二の子を身ごもったら、日本の入管はどうするのか。
いろいろなケースを考えてみる。が、結論がでない。
ポーリンがフィリピンに帰ることを望んでいる以上、その方向でことをすすめるしかないのだろう。
ポーリンが縁側から立ち上がって、リビングのテーブルの黒澤の前に座る。
「黒澤さん、相談があるの」
「なんだ。ポーリン」
黒澤は何を言い出すか、予想がついていた。
「私、フィリピンを離れてずいぶんになるわ。一度、フィリピンに戻ってきたいの。無理かしら」
「それがな。ポーリン、一度、フィリピンへ帰ると、二度と日本に戻ってこれないみたいなんだ」
ポーリンは、下を向いて、何もいわない。
涙をこらえている。
雲が厚く立ちこめ、今にも雨が降りそうな午後の縁先。
真二は仕事に出かけていて、いない。
黒澤は、心を鬼にして、ポーリンに尋ねた。
「思い出したくないのは百も承知している。でも、話してくれないと、前にすすまないんだ。ポーリンがこの家に来る前のことだ。ある程度、想像はついている。言いたくないのは気持ちとしてわかる。でも、これからのことを考えると、ポーリンの心の中に鍵をかけてしまっておけばいいという問題でもないんだ。事実を隠さず話してくれ。仇は必ずとってやる」
雨が、ポツリポツリ、降り出した。二人の腕に雨粒があたる。
ポーリンの身体が小刻みに震えている。何度も大きな息を継ぐ。気力を振り絞り、涙声で語り出した。
「黒澤さん、絶えられないような侮辱をうけたの。地獄の日々だったわ。何度も死のうとした。できることなら、全部、忘れてしまいたい」
長いまつげの下の瞳が暗く淀んでいる。
「黒澤さんが送ってくれた後、横須賀の姉さんのところに、一晩泊まって、姉さんの家族と楽しく過ごしたわ。次の日、直接、お店に出勤したの。まだ早くて誰もいなかった。田村とその仲間がたむろしていた。メシを食おうと、無理やり車に乗せられたの。有無を言わさず、初台というところのマンションに連れていかれたわ。後ろ手に縛られ、シャブを注射されたの。そして、男共に順番に犯された。皆、笑い合い、卑猥な冗談を言いながらセックスしていったわ。悔しくて悔しくて、気が狂いそうだった。そして、そのまま監禁されてしまったの。毎日、シャブを打たれたわ。打たれたときは、いつも誰かが私を犯したの。汗が凄く出て、喉がすごく渇いた。でも、打たれた後は、全然眠くないし、スパーマンにでもなったような気分。とても良い気持ちだったわ。薬が切れるとどうしても欲しくなるの。だから、おとなしく言うこときいていたわ。言うことを聞かないと、身体中、殴られたの。顔は商品だからって殴らなかった。見張りがずっと監視して、逃げ出せなかった。逃げ出したら、殺すと言われてもいたわ。
新宿の連れ込みホテルで、24時間、ほとんど休みなく客を取らされた。私と同じ立場の日本人の女性が、二人、いた。ホテトル譲というんだって。暴力団の資金源になっていると言っていたわ。二人とも、薬は欲しいし、暴力が怖いから、言うことを聞いていた。一人は、シャブを打たれた後、自分から男を求めていたわ。二人とも、その中の男の女となって、別のところに移っていった」
「夜遅く、客をとった後、見張りの隙をみて、やっと逃げ出せたの。意識は朦朧としていた。もう殺されてもいいと思ったわ」
「その後、黒澤さんの来てくれた、知らない男のアパートに逃げ込んだわ。何回も何回も犯されたけど、田村達につかまるよりはいいと思って、じっと我慢したわ」
雨が本格的に振り出していた。二人は顔も身体も濡れるのに気づかなかった。
「私、きたない身体の女なの。シンジに申し訳ないわ」
「そんなことはない。起こったことはポーリンのせいじゃないもの。俺は、ポーリンが心優しい、素晴らしい女性だってことを知っている。自分を責めるなよ」
「シンジ、このこと、知ったら、私のこと、嫌いにならないかしら?」
「嫌いになるわけ絶対にない。今の真二には、ポーリンがすべてなんだ。頼む。これからも、真二と康介とおばあちゃんと仲良くしてくれ」
「こんな私でよかったら、喜んで仲良くさせていただくわ」
ポーリンは、ほっとしていた。心に堅く蓋をして隠し続けていたものを吐き出して、気持ちが楽になったようだ。
雨が小降りになっていた。
黒澤は憤りを感じた。
自分も、女達に、結構、ひどいことをしてきた。でも、自分のしたことなんか、ポーリンのされたことに比べると、比較にならない。
真二の愛する女がこんなひどい目にあわされた。許せない。黒澤は復讐を誓った。
それがずっとおろそかにしてきた家族へのささやかな恩返し。実家に帰る手土産だ。
ポーリンは縁側に座って、南の空の山の端をかすめて飛んでいく渡り鳥を眺めている。ぼんやり物思いに沈んでいる。
ポーリンには、フィリピンに娘が一人いる。別れたとき、康介の年齢だった。康介を見ていると、その子のことを思い出すらしい。
フィリピンに帰りたい。焼け付くように思いが襲ってくる。
パスポートがない。お金もない。航空券もない。
黒澤さんに相談するしかないわ。
シンジは、子供と同じ。純粋な心を持っているの。私を女王様のように扱ってくれるわ。あんまり大切にしてくれるので、かえってつらいの。
だって、私、そんなに価値のある女じゃないもの。
毎日、朝早くから働きにいき、日が暮れる頃、帰ってくるわ。屋根を作る仕事をしているそうよ。毎日陽にあたっているので、フィリピン人のように顔が黒いの。
高いところに上るんだ。高いところは気持ちが良いぞ。ポーリンも今度、一緒に上ろうなと言ってくれるの。
汗だらけの身体、埃まみれの顔で帰ってくるわ。車から降りるとすぐお風呂場に飛び込むの。
ダイニング・キッチンでビ-ルと簡単なおつまみを用意して待っているのが恒例。以前は、おばあちゃんの役目だったけれども、今は私の役目。
顔と身体を拭き終えたパンツ一枚のシンジ、まず、お尻、乳房、あそこの茂み、私の身体のすべてを愛おしげに触りまくるの。わずか10時間程度、離れていただけなのに。そして、私を強く強く抱きしめ、長い長いキスをするの。
その儀式が終わるまでは、おばあちゃんも康介も決して顔を出さないわ。
また、シンジは性欲が異常に強いの。シンジがしたくてたまらないときは、そのまま、一緒にシンジの部屋にいくわ。1時間くらいこもるのが普通よ。
私は十二分に満足して、身体がとろけそうになっている。
リビングでは、康介が待ちくたびた顔、おばあちゃんが呆れ顔。
それから、おばあちゃんの指示の下、夕食の支度を手伝うのは、正直しんどいのよ。
康介が、私のことをママと呼び出したの。うれしくて、切なくて、涙が出てきてしまう。康介と真二のことを考えると、このまま、ここに住んでいてもいいとも思ってしまう。
でも、フィリピンの家族、特に娘のアンジーのことを考えると、一刻も早く帰りたい。さぞかし心配しているだろう。
黒澤は、どうしようか思案していた。
ポーリンは康介に我が子を見、康介はポーリンに母親を感じているようだ。ポーリンの心の回復に康介は大きな役割を果たした。ポーリンと康介の心の結びつきは強い。
真二は、ポーリンの世話をしてやること自体が歓び。生きがいとなっている。
真二と康介のことだけを考えれば、ずっと、このまま、ポーリンに一緒に住んでもらいたい。
でも、ポーリンのビザはもう切れている。不法滞在が発覚すれば強制送還。
ポーリンはフィリピンの家族のことも心配しているようだ。時々、縁先で南の空を遠い目で見やっている。帰してやらなければなるまい。
田舎の近所の人達は、今のところ、ポーリンの所在に目をつぶってくれている。何時までもこの状態が続くとは思えない。好意はつまらないことで悪意に転化するものだ。
黒澤は悩んだ。
一番、合法的な解決策は、一度、ポーリンをフィリピンに帰し、それから、俺かシンジがポーリンと結婚して連れてくることだ。が、オーバーステイした女性が、再度日本に入国することは不可能に近いらしい。
いっそのこと、真二と康介をフィリピンに住まわせようか。母のことを考えるとそうもいくまい。
このまま、ポーリンが真二の子を身ごもったら、日本の入管はどうするのか。
いろいろなケースを考えてみる。が、結論がでない。
ポーリンがフィリピンに帰ることを望んでいる以上、その方向でことをすすめるしかないのだろう。
ポーリンが縁側から立ち上がって、リビングのテーブルの黒澤の前に座る。
「黒澤さん、相談があるの」
「なんだ。ポーリン」
黒澤は何を言い出すか、予想がついていた。
「私、フィリピンを離れてずいぶんになるわ。一度、フィリピンに戻ってきたいの。無理かしら」
「それがな。ポーリン、一度、フィリピンへ帰ると、二度と日本に戻ってこれないみたいなんだ」
ポーリンは、下を向いて、何もいわない。
涙をこらえている。
雲が厚く立ちこめ、今にも雨が降りそうな午後の縁先。
真二は仕事に出かけていて、いない。
黒澤は、心を鬼にして、ポーリンに尋ねた。
「思い出したくないのは百も承知している。でも、話してくれないと、前にすすまないんだ。ポーリンがこの家に来る前のことだ。ある程度、想像はついている。言いたくないのは気持ちとしてわかる。でも、これからのことを考えると、ポーリンの心の中に鍵をかけてしまっておけばいいという問題でもないんだ。事実を隠さず話してくれ。仇は必ずとってやる」
雨が、ポツリポツリ、降り出した。二人の腕に雨粒があたる。
ポーリンの身体が小刻みに震えている。何度も大きな息を継ぐ。気力を振り絞り、涙声で語り出した。
「黒澤さん、絶えられないような侮辱をうけたの。地獄の日々だったわ。何度も死のうとした。できることなら、全部、忘れてしまいたい」
長いまつげの下の瞳が暗く淀んでいる。
「黒澤さんが送ってくれた後、横須賀の姉さんのところに、一晩泊まって、姉さんの家族と楽しく過ごしたわ。次の日、直接、お店に出勤したの。まだ早くて誰もいなかった。田村とその仲間がたむろしていた。メシを食おうと、無理やり車に乗せられたの。有無を言わさず、初台というところのマンションに連れていかれたわ。後ろ手に縛られ、シャブを注射されたの。そして、男共に順番に犯された。皆、笑い合い、卑猥な冗談を言いながらセックスしていったわ。悔しくて悔しくて、気が狂いそうだった。そして、そのまま監禁されてしまったの。毎日、シャブを打たれたわ。打たれたときは、いつも誰かが私を犯したの。汗が凄く出て、喉がすごく渇いた。でも、打たれた後は、全然眠くないし、スパーマンにでもなったような気分。とても良い気持ちだったわ。薬が切れるとどうしても欲しくなるの。だから、おとなしく言うこときいていたわ。言うことを聞かないと、身体中、殴られたの。顔は商品だからって殴らなかった。見張りがずっと監視して、逃げ出せなかった。逃げ出したら、殺すと言われてもいたわ。
新宿の連れ込みホテルで、24時間、ほとんど休みなく客を取らされた。私と同じ立場の日本人の女性が、二人、いた。ホテトル譲というんだって。暴力団の資金源になっていると言っていたわ。二人とも、薬は欲しいし、暴力が怖いから、言うことを聞いていた。一人は、シャブを打たれた後、自分から男を求めていたわ。二人とも、その中の男の女となって、別のところに移っていった」
「夜遅く、客をとった後、見張りの隙をみて、やっと逃げ出せたの。意識は朦朧としていた。もう殺されてもいいと思ったわ」
「その後、黒澤さんの来てくれた、知らない男のアパートに逃げ込んだわ。何回も何回も犯されたけど、田村達につかまるよりはいいと思って、じっと我慢したわ」
雨が本格的に振り出していた。二人は顔も身体も濡れるのに気づかなかった。
「私、きたない身体の女なの。シンジに申し訳ないわ」
「そんなことはない。起こったことはポーリンのせいじゃないもの。俺は、ポーリンが心優しい、素晴らしい女性だってことを知っている。自分を責めるなよ」
「シンジ、このこと、知ったら、私のこと、嫌いにならないかしら?」
「嫌いになるわけ絶対にない。今の真二には、ポーリンがすべてなんだ。頼む。これからも、真二と康介とおばあちゃんと仲良くしてくれ」
「こんな私でよかったら、喜んで仲良くさせていただくわ」
ポーリンは、ほっとしていた。心に堅く蓋をして隠し続けていたものを吐き出して、気持ちが楽になったようだ。
雨が小降りになっていた。
黒澤は憤りを感じた。
自分も、女達に、結構、ひどいことをしてきた。でも、自分のしたことなんか、ポーリンのされたことに比べると、比較にならない。
真二の愛する女がこんなひどい目にあわされた。許せない。黒澤は復讐を誓った。
それがずっとおろそかにしてきた家族へのささやかな恩返し。実家に帰る手土産だ。
by tsado12
| 2013-05-29 08:10
| 闘い